
Vol.080『トリインフルエンザ終息』2004.4.6
3月30日、くしくも私の誕生日に、ベトナム全土で鳥インフルエンザ終息宣言が出されました。
ホーチミン市はかなり徹底して家禽肉、卵の流通を規制したため、ほんとうに鶏肉にも卵にもありつけない日々が続きました。私は鶏肉がお肉の中では一番好きで、さらに海老とカニが食べられない、川の魚は自ら好んで食べることがないといった状況なので、毎日豚肉ばかり(こちらの牛肉は硬くてあまりおいしくないです。海の魚は揚げてあることが多く、飽きます)。
卵は全土終息宣言以前に流通が開始されていたので食べられましたが、鶏肉は宣言後もなかなかありつけず、「今日はあるかも!」と期待して食べにいっても結局豚肉を食べる羽目になる毎日。
どうしても鶏肉!と思い、ケンタッキーフライドチキンにいったら、ありました!鳥インフルエンザ発生後は、フィッシュバーガーとスパゲティーの店になっていたのですが、ちゃんと復活していました。しかも、いつもそんなに混んでないのですが、この日は8時半ごろいったにもかかわらず、ベトナム人で結構混みあっています。
普通のフライドチキンはすでに売り切れ。しょうがないので、チキンバーガーのセットと、クリスピーを頼みました。セットは27000ドン(※約190円)だったかな? ロッテリアのセットが45000ドン(※約320円)ぐらいなので、かなり割安感があります。といっても、ローカルの食堂に比べれば割高ですが。
久々の鶏肉でおなかいっぱいになり、大満足。鶏肉自体は日本よりおいしいと思います。ただ、あげ具合がマニュアルどおりにちゃんとやっていないのか、カラっと感が今ひとつ。多分あげる人によってかなり差があると思われます…。なんせここはベトナムですから。
ものは試しに、ベトナムにお越しの際にはケンタッキー試してみてください。
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| COMBO2のセットメニュー。パンは日本のものよりやわらかくて甘みがあると思う。ポテトはロッテリアのほうがおいしいかな。 | クリスピー。お肉自体はおいしいのに、あげ具合がいまひとつ。でも、ひさびさの鶏肉三昧で大満足。 |
京都でもようやく鳥インフルエンザの集結宣言が出ました。感染をひた隠しにしていたのがばれた養鶏会社の社長が自殺する、という事件もあったんだけど、そんな社長は鳥葬にしらたいいのでは、と考えたのはあまやんだけかいな。ベトナムにもケンタッキーあったんだ!ロッテリアもあったんだ!カーネルサンダースおぢさんの像もあるのかな?日本では、ケンタッキーは高い、というイメーヂが浸透してしまっているけど、ベトナムではロッテリアより安いねんね。あまやんはロッテリアのてりやきレタスバーガーがけっこう好き。ケンタッキーのクリスピーも好き。ポテトはやっぱりマクドかな。マクドナルドはあるのかな?ちなみに、マクドナルドで0円のもの、というと、スマイルだけど、ベトナムのも0ドンとか書いてあるのかな?スマイル注文して「お持ち帰りで」というようなあまやんみたいなおっさんはいてるんかいな。
Vol.079『チュックムンシンニャット、Fiona!』2004.4.5
とっくに過ぎてしまいましたが、3月30日は私のお誕生日でした。「Chuc mung shin nhat(チュックムンシンニャット)」はベトナム語で「お誕生日おめでとう」っつうことです。
もうお誕生日もおめでたくない歳でもあるし、なんといってもベトナムでお誕生日会をやるのはいろいろと面倒なので、お誕生日会はP氏と私2人きりで例のごとくイタリア料理を食べにいきました。
何で面倒なの?と思う方もいらっしゃると思うのですが、ベトナムではお誕生日会をやるときには、「お誕生日の人がお金を払う」からなのです。もしくは、彼氏なんかが一緒に参加すると彼氏が払ったりします。
以前の勤め先で、同じセクションで働いている人たちとその家族数人を招いて私の誕生日会をやったことがあります。みんなで中華料理を食べたのですが、100ドル以上使ったと思います(参加した子の月給より高かった)。その席にはP氏がいたので、P氏が当然のように払ってくれました。が、もうそんな散財をさせるのもばかばかしいので、それ以降やってません。逆に若い子のお誕生日会に招かれたことがあり、レストランでお食事&カラオケで、すべてお誕生日の人のおごりでしたが、なんだかおごられちゃうと思うと参加しにくいです。
ベトナムでは日本のようにお誕生日会をやる風習はもともとなかったのではないかと思います(日本ももともとあったのかどうかわかりませんが)。家族で子供の誕生日をお祝いする程度だと思います。近隣の職場でお誕生日の人がいると、ケーキのおすそ分けを受ける程度で、私の知り合いは誕生日会はあまりやっていません。やっぱりお金もかかるし、こじんまりやろうとしても誰を呼んで誰を呼んでないっていうのがあとあとしこりになっちゃったりするから、面倒なんじゃないでしょうか。安い大衆食堂でやるようなものでもないですし。
でもレストランでは、よく干支のかたどられたでっかいケーキをわきにおいて大人数で「ヨー!(乾杯!)」の掛け声をあげているグループを見かけたりすると思います。多分彼らはお金持ちでしょう。
ただベトナムでは生まれて1ヶ月ぐらいの、お誕生日会というか「誕生お披露目会」は盛大にやることが多いようです。レストランなどで「結婚式?」と思うような宴会をやっていて、でも花嫁の姿がみえないことがあると思います。親戚一同招いて、お披露目の大宴会をやるみたいです。
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出勤すると机の上に花が!同僚Vちゃんからのプレゼント。お誕生日に花束が机の上にのっているなんて生まれて初めて!大感激です。これがかっこいい男性からだったらめちゃめちゃロマンチックだが、そんなことするようなマメマメ男性は多分好きなタイプではないんだろうな…。 |
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| お誕生日の翌日、友達のS氏が職場のPCをチェックに来るときにお花をもってきてくれた。おとといきたS氏の同僚に「S氏に花束持ってこ〜い」と伝言を頼んだところ、ほんとうに持ってきてくれて大感激!ほんとにすんません。 これをもって帰るとき、会う人会う人に「P氏がくれたの?」と聞かれたが、P氏はなんせ「花は食べられないよ〜」って言う人だから、そんなロマンチックなことしやしません。 |
で、P氏には実用的な時計を買ってもらった。アンティークの時計が欲しかったのだが思いのほか高かったので、一昔前っぽい色合いのシンプルなデザインの時計に。14万ドンを12万ドン(約850円)に値切る。が、安いのってどうしてもブランド名が入ってて…。大きい声ではいえないが、これも「Longines」のロゴ入り。しかしさすがコピー品。買ったその日にとまってしまい、翌日電池を換えたもののまた停止。結局本体部分を他の時計と交換してもらった。あの交換した時計、懲りずにまた売るんだろうな〜。 |
Fionaさんお誕生日おめでとう!いったい何歳になったんかいな、ってなことはおいといて、女性にとって誕生日を祝ってもらえるということはとってもうれしいことなんやね。ちなみにあまやんもあまやん嫁も、誕生日は同じで、7月7日なんだけど(七夕の天の川のあまやんとでも覚えてくださいな)、もうそんなことはとっくに忘れている、という感じで中年夫婦ってや〜ね〜、というような感じではあります。でも、誕生日の人がパーティー代を払う、というのはおもしろいね。そうすると、サプライズパーティーみたいなんはないんかな。でも、誕生日のプレゼントや花束というのは普通なんかな。ベトナムでは花束の値段と言うのはけっこう高いもんなんかな。最近、あまやんの周りで会社をやめる人とかに、花束贈呈というのがけっこうあるんだけど、3000円では小さいのしかなく、5000円くらいが標準、10000円だしたらむちゃくちゃ豪華、というのが相場みたいなもんです。花束は食べられないから、というP氏の発言だけど、関西でも「金魚の刺身」(きれいけど食えん)という表現があるんです。ちょっとえげつないかな。ベトナムで売ってる時計はほとんど偽物なんかな。前に、アンティークなロレックスが、公共の博物館の売店のおみやげコーナーでまで売られてるのをみたけど、みんな、買う方も売る方も、見る方も、パチモンとわかっているから、問題ないのかな。しかし12万ドンは安いね。ちなみにあまやんは、前にベトナムでオメガを買ってきて(購入価格約100ドル)、本物かどうかちょっと疑ってたけど、ヨドバシカメラに電池交換に持って行ったら無事本物だったよ。
Vol.078ベトナム人日本へ行く(4)『日本の料理はおいしくない』2004.3.28
PCがまたもや壊れてしまい、職場のを就業時間後拝借して作成しているので、更新が滞ってます。ごめんなさい。
P氏が東京にいってからもう3ヶ月近く経ってしまったので、忘れてしまわぬうちに日本での思い出をつづっておこうと思います。
日本でのP氏の食生活は……どうやらちょっと苦しいものであったらしい。生ものは食べられないので、お寿司を食べたいのを我慢して、P氏の食事に付き合ったのだが、行ったタイミングが悪かった。お正月、おせち料理。これは日本人でも「大好き」という人はそうはいないだろう。私は小さいころは「栗きんとん」ぐらいしか嬉しくなかったし、大人になった今は好んで食べるのはカマボコとカズノコぐらいである。
でも、ベトナムに戻ってからP氏が「日本料理はどうでしたか?」と聞かれて真っ先に答えたのは「お餅、あれ食べたら死んじゃう」という言葉であったのは意外だった。同じお米の文化で、こちらにもお餅があるのでお雑煮は喜んで食べると思っていたのだ。
ベトナムでもお餅を食べるのだが、伸びるような粘り気のある餅ではなく、食べ方もハムのようなものと一緒にあっさりと食べる。お雑煮のお餅はよく伸びるので、飲み下すことができず、喉につまって死ぬかと思ったそうだ。
そんなわけで、おせち料理も2日目にはすっかりうんざりしてしまい、兄の家族がきて皆で食卓を囲んだとき、ぜんぜん食べることが出来ず、「ごめんなさい。インスタントラーメン食べたいです。。。」とリクエストしたP氏でありました。でも、鳥取のSさん一家がおいしいカマボコとカニが送られてきたのには大感激!(P氏以上にうちの家族が。。。)ありがとうございました!
一方、P氏が毎晩のように喜んでコンビニやスーパーで買い求めていたのが、パン。ただのシンプルなデニッシュのパンがお気に入りで、そればかり毎晩のように食べまくっていた。ベトナムのパンは一見普通のパンに見えても、中にココナッツのあんこが入っていたり、上にパイナップルのジャムが載っていたりと、とにかく甘いものが多い。私も日本のパンはやっぱりおいしい、と感激したのでありました。
| うちのおせち料理。実家は両親しかいないので、もうこったモノは作らない。小さいころ母と一緒に栗きんとん作ったのがなつかしい。 お雑煮はいつも母の実家の鳥肉仕立てと父の実家の味噌仕立てを両方食べる。味噌はお餅を煮るので、P氏はだめらしい。 | お好み焼きを作るP氏。ベトナムでも手軽に食べられる日本食で唯一P氏がすきなのがこれ。作る作業が必要なものは「僕のほうがうまいよ〜」とやりたがる。 |
| 香味房という近所の中華屋さんのラーメン。麺に腰があって、これぞラーメン!P氏は日本のラーメンもお気に入りで、夜遅く帰ったときにはチェーンのラーメン店でも喜んで食べていた。 | 香味房のおもしろチャーハン。ここの娘さんはかつて料理の鉄人で鉄人を負かしたことがあるのだ! |
| 新宿で行われたオフ会で食べた鍋。鍋はベトナム人もいけるらしい。P氏はベトナム男性精神を発揮して、せっせとみんなに取り分けるのに大忙し。 |
あまやんです。いろいろと忙しかったりして、更新が遅くなってごめんなさい。あまやんも実はおせち料理が好きではなくて、好きなのは数の子とごまめと黒豆くらい、あとは全部パス。特に、くわいなんかは、まるでクロッカスの球根だし、なんであんなもの食べるのか、というようなかんじで、買ったり作ったりすることもなく、お正月はだいたいカレーかラーメンなんぞを食べてます。でもお餅は大好き。あまやん宅では、カレー雑煮、というようなオリヂナルなメニューもあったりします。具はマカロニです。みなさん来年のお正月にでも作ってみてね。ベトナムのフランスパンはとってもおしいいけど、あのサンドイッチ、バインミーだったか、には何か得体のしらないようなものが入ってるよね。あれって何なんかな。カレーと言えば、先般あまやんは、大阪の堺筋本町にある、ベトナム料理店「ベップ・オーイ」でベトナム風カレーなるものを食べて来ました。ここのベトナムカレーはタイカレーとインドカレーの中間のような感じで、ココナツ味の甘口です。激辛好きのあまやんにはちょっとものたりなかったんだけど、一般受けはするかも。ここのお店のロゴは、ノン傘かぶって天秤棒をかついだ人なんだけど、どうもあまやんには「肥たんご」を担いだ人に見える。でも、肥たんごなんぞを担いだ人はもう日本の田舎でもみなくなっているし、あまやんくらいがが日本でそういうのを見た最後の世代かも。
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| ベトナム風カレーセット。880円 | ランチセット フォー 680円 | 肥たんご人形。 |
Vol.077『ラム・チュンじゃなくてダン・チュンです』2004.3.5
今日はダン・チュン(Dan
Truong : 左の写真。さわやかでしょ。前歯は以前すきっぱだったが、差し替えたらしい)という男性歌手のライブに行ってきた。友達のWさんが大ファンなので、私も一度生で見てみようと思ったのと、雑貨屋で働くMちゃんが大の面食いで、美しい男性を鑑賞したいということだったからだ。ついでに同じ雑貨屋のYちゃんと、ベトナム歌謡界に詳しいホアンさんも一緒。
実は私はダン・チュンはあまり好きではない。というのは、ちょっと容姿も歌も迫力がないからなのだ。実力派ぞろいのベトナム歌手の中では、いくら容姿がよくてもちょっと見劣りしてしまう。ベトナム人も好き嫌いは大きく分かれるようだが、10代後半から20代前半の女性たちには人気がある模様。
今夜の場所は初めて行く「008 Club」。普段はその名の通りクラブのようだが、歌謡ショーをやったりしているらしい。当日の夕方に予約にいったところ「8時に来てくれ」と言われたので、みんなで7時半に待ち合わせし、ダン・チュンにサインをもらうためにみんなでCDを買い込んで、8時ちょうどに会場へ。ここはクラブだからなのか、会場にかばんを持ち込めず、カメラも禁止。せっかくWさんがダン・チュンにチューする瞬間を撮ろうと思ったのに残念。8時に来いといわれたので、8時に始まるのかと思ったら、会場はがらがら。音楽がガンガン流れている。いつまでたっても始まらない。Wさんはダン・チュンのマネージャーから「10時に出場する」といわれていたので、まさか10時までこんな音楽の中に閉じ込められているのかと思うと、気が気でない様子。うるさすぎて話すことも出来ない。ただ、DJが槙原敬之に似ていてYちゃんのつぼにだけははまったらしい。
9時15分、やっと前座の開始。女の子4人組、Nha Caという女性歌手、漫才コンビ、男性3人組と続く。みんな周りが日本語がわからないことをいいことに、「黄色い服の人は踊りが下手」だの「一番右が好み」だの、指差して笑っちゃったりして、言いたい放題である。
そしてようやくダン・チュンの登場! 初めて見る生ダン・チュンである。さわやか笑顔に富士額(Wさんいわく、ハンサムの証拠)、普通の生成りのスーツ。Wさんは出てきた瞬間に「かっこいいわ〜。今日はおしゃれさんだわ〜」とメロメロ。そしてびっくりしたのは一斉にあがった「きゃーーーーーー」という声援。いつの間にか会場は大入り満員で、前方にファンクラブの人たちが陣取っていたいたのだ。久しぶりに黄色い声援を聞いた。ラム・チュンのライブでは「わあ!」というぐらいで、あまり声は黄色くない。ファンの年齢層が明らかに違う。
衣装は今日は普通のスーツだったけれど、テレビでみるときは、「飛行戦士ガンダム」のアムロが着てた制服みたいなのとか着てたりして、洋服のセンスは???という感じ。そしてダン・チュンはファンたちに熱い視線を送りつつ、「一生懸命練習しました」という振り付けで、歌って踊る。昔の「しぶガキ隊」とかを髣髴させる振り付けで、笑っちゃいけないと思いつつ笑ってしまう。ファンの子に見つかったら帰りに刺されてたかも。。。
後半が近づいてきて、「誰か一緒にステージで歌いましょう。恥ずかしがらなくても大丈夫。僕が一緒に歌うから」というと、女の子に混じって中年の男の人たちもわーわー騒ぎながら手をあげるのが不思議だ。結局最初から仕組まれていたのか、ファンクラブの一員と思しき女性がステージに上がり、思いっきり慣れた様子で歌い上げた。きりきりしているのはWさん。その曲が、彼女が歌える数少ない曲のひとつだったのだ。しかも、歌い終わった後、ダン・チュンからホッペにチュー!
今度からはがんばって手を挙げようね。曲は自分の歌える曲をリクエストすればいいんだしさ〜。
今回はダン・チュンがまだ他のステージがあったのか、終了後あっという間に帰ってしまい、CDまで用意したのにサインをもらえずじまいだったのが心残りである。
と、さんざん悪口もかいてますが、今日のステージは意外にもめちゃめちゃ楽しめました。やっぱり歌手とファンとのやり取りができるベトナムのライブは楽しいよ!
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| 2月29日のラム・チュンのライブに行ったときの写真。このときもWさんとMちゃん、Yちゃんと一緒。目の前のど真ん中の席で、私がカメラを構えると、襟を正すしぐさをして、しっかりカメラ目線してくれた。Mちゃんは「ジャニーズっぽいのが好きですね。ラム・チュンはあんまり〜」とかいっていたのに、一番目がハートマークになっていて、終わったあと一緒に写真を撮ったときも、一番嬉しそうだった。 | 客席に降りてきたラム・チュン。私たちの席の目の前で一番長く歌ってくれた。歌っている最中でもファンとツーショットで写真に納まってくれる。私が「日本の曲を歌って!」とリクエストすると、他からリクエストがいろいろ出ていたのに「日本人のお客さんからリクエストがでているので、彼女のリクエストに答えさせてください」といい、結局カラオケが見つからず歌えないとなると、ことさらゆっくりしたベトナム語で「曲が今日はなくて歌えません。ごめんなさいね」と言ってくれた。むふふ。 |
Vol.076ベトナム人日本へ行く(3)『ここが変だよ日本人』2004.2.23
P氏が日本から帰ると、会う人会う人に「日本はどうだった?」と聞かれるわけだが、P氏の開口一番はたいてい、「日本人はつめたいよ〜ね〜」である。
日本ではほとんど東京にいた、ということもあると思が、P氏には「ベトナム人はみんなニコニコしているのに、日本人はほとんど笑わない。電車の中ではみんな寝ているか、携帯電話をいじっている」と映ったようだ。P氏がみんなに「日本人は笑わない」というので、ベトナム人から「Fionaはあんまり笑わないのか?」と変な質問をされるほどである。もちろん、その人の前ではおもいっきりに〜っと笑ってあげたけど。
ベトナムでは、見ず知らずの人でも、たまたま隣に坐った人と話がはずむ、ということはよくある。初めてベトナムに行ったとき、P氏と道端でラーメンを食べたのだが、たまたま隣に坐っていた人と延々話をしていた。知り合いなのかと思ったら、「今はじめてあった」というのでびっくりしたことがある。しかも、どの会社で働いていているとか、出身地とか、結構突っ込んだ話をしているのだ。
私自身も日本人であるとか、女性のくせにタバコを吸っているということで、そばにいる人から話しかけられることが多い。よく行くお店は、店員さんがタバコを勧めてくれたり、ひとしきり話をすることはしょっちゅうだし、お客同士でも話をする。トイレでばったり出会った人と目があって、お互いにこっとするのも普通。間違い電話をとっても、私が日本人だとわかると「ベトナム語上手ですね〜。何年勉強したんですか?」とかひとしきり話したり、仕事の電話がかかってきても男性女性問わず「今度一緒にコーヒーの飲みましょう」「外国人が買物するのはぼられるから、今度一緒に行ってあげる」などと誘われ、住んでいる場所や休日の過ごし方を根掘り葉掘り聞かれたりする。それはそれでちょっとうざったかったりもするけれど、私の場合は、ここに住んでいてで孤独を感じて寂しくなるということはまずない。
P氏が日本に来て最初に驚いたのは、成田から新宿までのバスに乗ったとき、車内が静まりかえっていることであった。私たちの日本語とベトナム語ちゃんぽんの会話が異常に響き渡る。「なんでみんなしゃべらないの?」とP氏が不思議がるのだが、2年半ぶりに帰った私も、静まりかえっているのが居心地が悪かった。電車の中で2人でべらべらしゃべっていると、異常に響いてしまうので、ベトナム語でしゃべることにした。ベトナム語なら周りの人はたいてい何をいっているのかわからないので、「あの人変だね」と言う話も普通にできて、大変便利である。
私は日本にきてから、P氏が一人でも外を出歩けるようにと、「指差し会話帳 JAPAN」を買ってプレゼントした。ある程度日本語ができるP氏でも、固有名詞については知らないものが多いので、その助けになるかと思ったからである。新宿に一人で行ったとき、これを使って日本人とコミュニケーションできるかな?なんて思ったのだが。。。結局誰とも口をきかなかったそうだ。道がわからなくても、みな顔がしかめっつらで話しかけづらい雰囲気だったので、結局行こうと思ったところに行き着けなかったそうだ。日本語が話せるのに。
私はスキー場のリフトで相乗りしたりすると、隣の人に「どちらからいらしたんですか?」とか、わりと話しかけるほうである。飛行機で隣になったときも、お互い連れがいないと話しかけたりする。でも、東京の街中で話しかけたりすることはほとんどない。最近は変な人も多いし、簡単に話しかけないほうが身のためでさえある。大学のときの友人で、電車の中でたまたま目が合った人にいきなり窓ガラスに頭を打ち付けられて、ひどい大怪我をして、心にも傷を負ってしまった人もいる。これは極端な例ではあるけれど。。。
しかし最近は、デートしながらお互い別の人とメール交換をして、相手と会話をしない人も多いとか。それはやっぱり変だ。
| 日本人には寄り付かれなかったが、いつもは愛想の無い叔母の家の猫は、なぜかP氏のひざの上から離れなかった。ひょっとして、マタタビ臭い??? |
あまやんは関西人だからか、けっこう知らない人と話をするのが好きな方かな。新幹線の中などはけっこう隣の人としゃべったりもする。前に一度、ニューハーフの人が隣に座ったことがあり、その人の身の上話から、手術に対する思いなど、3時間えんえんと話をしたことがありました。まあ、だいたいそういう時は、すわってすぐしゃべりはじめるのがコツで、5分以上たつと話しかけることに対するバリアができるような気もするんだけど、ベトナムではどうなんかな。だいたい、関西では、東京よりも人と人の距離も近いような気もするし、他人の笑いをとるために、自分の話を暴露する、というのは、ちっとも恥ずかしいことではない、というようなカルチャーがあるような気もするのです。東京は都会で、人と人とのつながりがないからそうなるのかな。でも、人と目があって、にっと笑うのは確かに日本人はしないかも。欧米人はよくやるのだけど、あれは心の底から笑っているのではなく、軋轢を回避するために表面だけそうしている、というような気もいたします。しかし立派な猫ですね。ペルシャかNFCかな?きっとP氏がよい香りを発してるんでしょう。タイでは猫を大事にすすけど、ベトナムでは猫はあんまり可愛がられてないような気がします。猫はどういう位置付けなんかな?
Vol.075 『バレンタインデー2004』2004.2.14
今日はバレンタインデー。ベトナムではここ数年でバレンタインデーが盛り上がりを見せています。P氏ぐらいの世代の人だと、自分の青春時代にはバレンタインデーなんてなかったし、今でもあまり関心ないらしい。地方だとバレンタインデーの存在を知らない人もいるようです。
でも、
ドックバオ新聞でも翻訳したとおり、娯楽の少ないベトナムにイベントを増やそうとしている意図があるのか、連日新聞では特集が組まれて、かなりの盛り上がりよう。
ベトナムのバレンタインデーは、男性から女性に花などのプレゼントをあげる日になっています。日本のようにチョコレートをあげる習慣はないようですが、だんだん物が豊富になってきた昨今、この暑いベトナムなのにチョコレートをあげる人(誰かが日本の習慣を聞いて、真似し始めたのかも)や、時計やぬいぐるみなどのプレゼントをする人も増えているようです。また、男性からではなく、お互いにプレゼントしあったりする人もいるみたい。私の友人Yちゃんは、彼がバレンタインデーに関心がないらしく、彼女からプレゼントをあげたといってました。
ベトナムにはバレンタインデーのほかに「国際婦人デー」である3月8日にも、女性にプレゼントをします。この日はかなり前から定着しているようで、男性がこの日をうっかり忘れたりすると大変らしいです。ベトナムは男性のための日はないけれど、女性のための日は年に2日もあるという、「女性に優しい国」のように一瞬思えますが、一生懸命働いているのは女性で、男性は怠けてばかりいる印象(あくまでも印象です)のベトナム。その罪滅ぼしには2日じゃ少ないかもしれませんね。
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| 道で花を売る学生たち。伝統的に婦人の日、クリスマスなどの記念日には、学生たちがバラの花を売る。でも今年はチョコレートなど別のものを売る人も出現しているみたい。記念日のバラの花は通常よりかなり高い。3年前からバレンタインデーにはP氏に半ば強制的にバラの花を買わせていたが、今年はP氏に「バラの花は食べられないよ〜。もったいない」といわれ、枯れたら捨てちゃうし、ドライフラワーにする趣味もないので、今年はやめにした。 | というわけで、今年はぬいぐるみを買ってもらうことに。バレンタインデーなのでこちらも通常より少し高い。最初ブルドックのぬいぐるみがものすごく欲しかったのだが、P氏が決めた「7万ドン(約480円)」という価格までどうしても下がらず、11万ドンを8万ドンまで値切ったところで交渉決裂。その次に寄った店で、このぬいぐるみが12万ドンから8万ドンに下がり「7万ドンじゃないならいらない」とバイクで立ち去っろうとしたら引き止められて、7万ドンで購入。タオル地で肌触りがよく、おなかのチャックから綿を取り出して洗えるので、さっそく抱き枕代わりに使用。 |
サウジアラビアではバレンタインデーを祝っていた人が宗教警察に逮捕される、という事件があったらしい。バレンタインデーはキリスト教の聖人の誕生日なので、カトリック系の記念日なんだよね。ベトナムでは男性から女性に告白をする、というのがおもしろいね。女性から男性へチョコレート贈り告白をする、というのは日本だけの習慣で、お菓子メーカーの不二家が考え出し、ハート形のチョコとともに広めた、という説を聞いたことがあります。あまやんが小学校の1年の時、今から30年前にはすでに行われていて、ホワイトデーにはマシュマロを返さねばならない、ということも決まっていました。日本文化に溶け込んだバレンタインデーは独自の進化を遂げ、本命チョコ、義理チョコ、ホワイトデーのお返しは3倍、とか変なルールもできているのもおもしろい。会社でもビジネスマナーとして定着した感があり、チョコレート自粛令が出るところもあり、10年ほど前にも、あまやんの会社でもある役員の人が朝礼で「バレンタインデーのチョコは自粛すること、ただし本命はこの限りにあらず」といいながらも、その翌月「ホワイトデーのお返しは、やっぱりショーツかな〜」とすけべ顔で発言して、物議をかもしていたのを思い出しました。今ではぜんぜんそんなことはないだろうけど、昔は、女性から男性へ愛の告白、というようなことがなかなかしにくかったんだろうし、そのスピリットと甘酸っぱい記憶、そして男性の誤解したい気分が融合して今日のバレンタインデーの隆盛があるんじゃないでしょうか?あまやんも会社で義理チョコもらったんで何か返さないといかんかな。
Vol.074 ベトナム人日本へ行く(2)『新宿一人旅』2004.1.26
年末忙しかったのと、観光地といってもすぐにあれこれ浮かばなかったので、日本滞在中の予定はほとんどたてていなかった。バンコクで2日滞在する予定だったので、その間にでも考えればいいやと思っていたのだが、風邪を引いて気力もでず、無計画で日本に入国することになってしまった。はっきり日程が決まっていたのはベトナム関連の掲示板で集っている人たちと1月5日夜にオフ会(といっても、ほとんど面は割れているんだけど)をする予定だけである。
P氏はとにかく都会がみたい、買い物したいという気持ちが大きいようだったので、東京からほとんど動かずにいたため、うちから電車で1本でいける新宿にはしょっちゅう行くことになった。
新宿でP氏が一番いってみたいと思っていたのは歌舞伎町。ベトナムには「風俗」というものが表向き存在しないので、興味津々のようである。私は当然詳しくないのだが、とりあえずその界隈に連れて行ってあげることにする。
まずP氏がびっくりしたのは、女性の写真がいろんなところに貼り出されていること。「これ何?これ何?」といちいち聞くのだが、何をしてくれるところなのか私もさっぱりわからない。とりあえず「う〜ん、これはお姉さんが一緒にお酒を飲んでくれるとこかな?」と適当に答えておいた。きっとP氏の中では「一緒にお酒飲んでどうするんだろ〜」とあれこれ想像が膨らんでいたに違いない。いちいち声をあげて「90分○○円!」と看板を読み上げるので、こっちが恥ずかしくなる。
で、そんなに興味があるのなら入ってみればいいじゃない、と思って、ストリップがあったので「入ってみれば?女の人の裸が見られるよ」といってみると、「絶対だめよー!」と顔を真っ赤にしている。36歳のくせにかなりうぶである。
P氏はお酒が一滴ものめない。さらにそういった風俗に対してかなり潔癖で、ベトナムにいてもそういうところに出入りしていると公言している人とは食事も一緒にしたくない、といった徹底振り。こういう人が風俗に目覚めちゃったらかなりはまってしまいそうな気がするので、みなさん、あまり刺激を与えないでやってください。
1月5日は、私の運転免許が失効してしまっていて、その交付を受けねばならず、試験場へ行って講習をうけたりして、かなり時間がかかってしまう。その夜オフ会が新宿であるので、P氏一人で新宿へ行ってもらうことにする。携帯電話があるから、いざというときは何とかなるだろう。
うちから新宿までは電車1本でいけるのだが、電車によっては途中から地下鉄に直通しているし、普段は家から1本で行かずに途中で速い電車に乗り換えることも多いので、P氏は何度のってもわけがわからないらしい。切符の買い方も難しいので、とりあえずパスネットを購入しておき、それを持たせて、「とにかく新宿って書いてあるやつにのればいいから」と言って送り出した。
日本の電車は本当に難しい。私でさえ、様子が変わっている駅があったり、乗り継ぎがどうだったか忘れてしまって、いちいち路線図や表示を確認しないと行き着けない。P氏はまだ日本語がわかるからよいが、日本語もわからない人はどうすればよいのだろうか。ベトナムは公共の交通機関が発達しておらず、電車は未だにないので、どこに行くにもバイクや車になるが、そのほうが迷わなくて簡単だ。しかも、サイゴンなら英語が通じる人も多い。
また、バンコクで経験しているにもかかわらず、日本の自動改札にはびっくりしたようで、左利きのP氏は最初左側の通路の投入口に入れようとしてしまうし、乗り継ぎのときは切符を通してもまた持っていかなければならないので、切符はとるのかとらないのかわからなくなってしまい、切符が出てこないとおろおろしてしまうこともあった。自動化されて便利ではあるが、初めて使う人にはかなり厄介なシステムである。
試験場からP氏に電話してみると、なんとか新宿には無事にたどり着けたらしい。なんだか声がウキウキしている。私は眠気を誘う2時間の講習を受け終えて、新宿の東口、P氏がしっかり覚えているビックカメラ前で待ち合わせをすることに。
「どこいってたのよ〜」と聞いてみると、結局前に私と一緒にきたところをいったりきたりして、お店を覗いてハンバーガーを食べて終わったらしい。ほんとうかな〜???その割にはウキウキした声だったような気がするけど...。新宿一人旅の感想を聞いてみたところ「もう、むずかしいよ〜。わかんないよ、もう。人いっぱい!」でおわりでした。
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| 歌舞伎町で、ベトナム人にとっては「裸同然」の女性の写真を照れくさそうに眺めるP氏。 | 歌舞伎町の看板をバックに。ベトナムでは決してしないのに、横断歩道を走って渡るP氏。みんな走っているのにつられたのか、気がはやっていたのか。 |
あまやんです。新宿歌舞伎町は昔1回だけ行ったけど、風俗店ばっかりで風紀がよくない。大阪で言えば梅田の兎我野町あたりと似ていてるけど、もっとすごい感じなんかな。風俗関係といえば、あまやんもベトナムを一人で旅行していたら、どこの街でもシクロマンに「マッサージ、ブンブン!」とかよく声をかけられたけど、あれはおんなじようなもんなんかな?ベトナム人が歌舞伎町にいったらどうなんかな?やっぱりしつこい客引きにつかまるんかな。P氏はあまやんと同じ36歳だけど、とっても純情な人なんやね〜。ストリップ見せてあげて、鼻血ブーなんてところを見てみたい気もします。
Vol.073 ベトナム人日本へ行く(1)『寒いってこういうこと』2004.1.25
無事にビザも取得でき、2003年12月26日夜にまずバンコクに入り、12月28日夜バンコク発、12月29日の朝、私とP氏は日本に到着した。バンコクから出発する際、イミグレーションでP氏は別室に呼ばれ、ビザのチェックを受けた。係官がただビザをじいっと食い入るように見て返してくれただけなのだが、ひょっとしたらその間に挙動不審な様子はないのか、チェックされていたのかもしれない。それにわざわざバンコク経由というところが、あやしまれたのかも。開発途上国の人が日本に入国する難しさを垣間見た一瞬であった。
で、日本に到着する寸前の機内アナウンス。「現在、成田の気温は-2度」。お〜!マイナス2度?どんなかんじだっけ、と、3年ほど冬を体験していない私には一瞬ピンとこないが、寒いことはわかる。長野の松本に住んでいたときはえらい寒くて、毎朝霜柱を踏みながら学校へ通ったものだったが、あんなかんじかな〜、などと想像してみるが、人間なんて頼りにならないもので、体はもうすっかり忘れている。
「マイナス2度だってよ。すんごい寒いんだぞ」と、自分もよくわかってないくせにP氏を脅かしてみると、「だいじょ〜ぶよ〜」と寒さを知らないP氏はのんきなものである。
飛行機を降りて建物に続く通路を通るときは、私はサイゴンのダイヤモンドデパートのワゴンセールで9万ドン(約620円)で買っておいた中国製のセーターを、P氏はバンコクで1500円程度で買っておいたフリースを着ていた。「ひょええ、さむ!」と私が騒いでいるのに、P氏は「ぜんぜん寒くないよー」と平気な顔だ。
成田のイミグレーションは、外国人と日本人のカウンターが別れている。P氏は「一人で大丈夫」と言っていたけど、ビザ申請時に私と一緒に入国することになっていることもあるので、一緒に外国人口へ。並んでいる途中で「日本人ですか?」と係員から言われたが、同行者だと告げるとそのまま並んでいて良いといわれた。やはり普通は同行者も一緒に並ぶようだ。
成田がベトナムと違ってえらいな〜、と思ったのは、カウンターごとに並ぶのではなく、まず一列に並んで、空いたカウンターへ係員が誘導してくれること。自分の前の人がてこずっていて、自分の順番がなかなか来ない、などといらいらしなくて済む。ベトナムではカウンターごとに並ぶので、ただでさえ時間がかかるのに、やたら時間をかける係官の所に並ぶと悲惨な目にあうのだ。
いよいよP氏の番になる。私とP氏のパスポートを出すと、最初係官は英語でP氏に話しかけようとしていたが、日本語に切り替えて私に「お二人の関係は?」と尋ねた。他に聞きようがないのだろうが、なんとなく「ぷっ」と噴出したくなるような台詞である。「婚約者です」と告げると「まだ結婚はなさってないんですね」と念を押す。結婚してないから婚約者っていうんでしょう、と心の中で突っ込みを入れる。そのほか滞在先など2,3質問されたが、本人には結局何の質問もしなかった。おいおい、聞かなくていいのかい、とこっちが念を押したくなる。
しかもこのとき、P氏は15日間滞在のビザできており、イミグレーションでパスポートに貼られる上陸許可というシールも15日間になっていたのに、出入国カードには「90日間」のスタンプが押してあった。なんだか不思議だったので、帰国するとき係官に聞いてみたところ「単なる押し間違いでしょう」とのことであった。まあ、このスタンプ一つで90日間滞在できると勘違いする人はいないかとは思うが、入国させるのにいろいろ手間をかけるんだから、このぐらいしっかりして頂戴。
で、話を元に戻して、荷物を受け取り、仕事先への荷物発送の手配を終え、世田谷の実家までどうやって帰るか考える(ついてから考えるなよ!と突っ込んでください)。本当はP氏に最初は電車体験をさせたかったのだが、荷物が多いのでリムジンバスで帰ることに。が、一人3000円。ベトナムで1か月分のお昼代がここでとぶ。これで新宿まで出て、母親は「タクシーで家まで帰ればいいじゃない。3000円ぐらいじゃない?」というが、家に着くまでに2か月分の昼食代がとぶのも悲しいものがある。新宿から電車で帰り、父に最寄り駅まで迎えに来てもらうことにする。
チケットを買うと、いよいよ外へ。私はセーターの上に唯一持っていた薄手のナイキのウインドブレーカーを羽織る。厚手のものはみんな実家においてあるので、とりあえずこれでがんばるしかない。P氏は日本に行くためにひそかに25万ドン(約1720円)で買っておいた、内側にボアの着いている上着を着込んでいる。準備万端だ。
えいや、っと外にでると、やはり寒い。冷たい風に顔がこわばっていくのがわかる。「さっむいね〜」とP氏を振り返ると、外にでた所で一瞬立ち止まっている。何やってるんだ?と思ったら、いきなり全身がたがた震え出した。内股の爪先立ちで歩いて来てからやっと「体が、勝手に何これ、うー」と唇をわなわなさせながらうなっている。サイゴンの「ダムセン公園」で体験した氷の部屋より温度は高いはずだが、やはり風が冷たいのだろう。P氏が内股で凍えている姿はかなり情けなくもかわいらしい。
私たちが到着する2日ぐらい前に東京は雪が降ったようだが、私たちの滞在中は残念ながら雪に出会うことはできず、解け残った日陰の雪を目にしたぐらいであった。お正月は思いのほか暖かく、夜になって吐く息が白く見えると、P氏が「僕タバコすってるよ〜」と白い息を吐いて喜んでいたが、3が日が過ぎて寒さが戻ってくると、外に出ている間はP氏の口数がめっきり少なくなった。私も外に出ている間は「さっみー」という言葉しか出ない。寒くてつらくなると、どこかお店に入って体を休め、ついでについつい買い物もしてしまう、という悪循環を繰り返している。そんなんで「もう日本の冬なんかに帰ってくるもんかー」と心底思うのであるが、P氏をスキー場の真ん中に放り込みたい気持ちもあり、悩ましいところである。
ちなみに、P氏が欲しがっていた手袋だが、母が買っておいてくれた。が、当然ナイキではなかった。しかし、寒さのためP氏はその手袋をもちろんしっかり使いました。
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| 冬着姿のP氏。念願の(?)歌舞伎町をバックに。寒さのために、常に肩が怒り気味。この日は手袋を忘れたことをしきりに悔やんでいた。 | 原宿で見た夕焼け。この日は1月5日、表参道から原宿まで歩いたが、寒くて何度も店に入る誘惑に駆られたが、高級店ばかりだったので、何とか持ちこたえた。 |
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| ダムセン公園の氷の部屋。何度だったか忘れたが、-10度ぐらいだったんじゃなかろうか。日本に来るまでは「Fionaは上着をしっかり着込んでたけど、僕は上着の前をあけてても大丈夫だったでしょ〜。だから僕は日本も大丈夫!」と威張っていたのだが。。。 |
ここんとこ毎日寒い日が続いております。あまやんも寒いのが大嫌いで、今は厚手のコート、帽子、セーター、マフラーに耳あて、皮の手袋、あとここだけの絶対の秘密だけど、らくだのパッチもはいて完全防備で通勤していて、早く夏になってほしいと呟きつつ、あほ扱いされている毎日なのです。老後はベトナムとか、タイでもいいけど、暖かくて食べ物がおいしくて物価が安い所で暮らすのが夢、みたいなとこなんだけど、だいたい東南アジア系の人は寒いのが苦手な人が多いですね。で、思い出したんだけど、暑いアフリカ原産の象やライオン、ダチョウなどは意外と寒さに強く、雪が降っても平気、ということなのだそうです。氷の部屋、といえば、先般行った遊園地のエキスポランドにもあって、見るだけで寒い気分になったのを思い出しました。寒い日本でのP氏のこれからの道中がちょっと心配ながら、楽しみ!
Vol.072『CHUC MUNG NAM MOI !』2004.1.22
「チュックムンナンモイ!(新年おめでとうございます)」。ベトナムは旧正月(テト)を迎えました。中国とおなじくベトナムでは旧暦にのっとった新年を祝います。今年は1月22日が元旦で、テトの祝日は旧暦の3日までですが、通常5日までを「テト」というようです。
でも、テトの始まる1週間前ぐらいから人々はすっかりテトモード。仕事も手を抜くようになるし、「テトだから」と料金が高くなったりする。テト後もずっとテトムードを引きずり、「1月は遊ぶ月」と呼ばれていて、みんなあまり仕事をしません。3月に年度末を控えている日本人としては、かなりいらいらする時期となります。
私は新暦の年末年始に休暇をとってしまったため、年明けから忙しい日々を送っていたのに、またテト休みに入ってしまうので、さらに忙しさに拍車がかかる。なんだか久しぶりに日本人みたいに働いてるな〜、なんて思いつつ、1月20日が仕事おさめ。この日は仕事が終わったのが夜9時過ぎでしたが、ベトナム人には「休み前に何とか仕事を終わらせておかないと」という感覚はあまりないみたいです。ベトナム人からは一件も電話がかかってきませんでした。
21日は大晦日、一年で唯一ホーチミン市で花火があがる日です。昨年はP氏が仕事で遠方にでかけていて一緒に見ることができなかったので、今年は一緒に見ようと決めていたのですが、計画性のない私たち、夜11時半にようやく「ああ、そろそろいかなくちゃね」なんて重い腰をあげました。すると「もうバイクをとめる場所はないよ」とみんな言うので、仕方なく歩いていくことに。
ブイビエン通りから歩き出すと、周りにもバイクをあきらめて歩いている人多数。途中のベンタン市場周辺では、サイゴン川まで行くのをあきらめた人たちが花火を見るために集まっています。それを横目にさらにサイゴン川に向かって歩く私たち。
日本人と違ってちんたら歩くベトナム人、歩いている途中で12時になり、急いで花火の見えるところへ。周りにはやはりサイゴン川までたどりつけなかった人たちであふれかえっていました。
というわけで、また今年も計画性のない一年になりそうな気がしますが、どうぞよろしくお願いします。
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| サイゴン川までたどりつけず、建物の間から花火を何とか見ることができた。時間は15分だけ。日本からみるとかなりしけてますけど、娯楽のないベトナムでは、これでも嬉しい。 | 振り返るとずっと向こうまで人の波が!この日はかなり涼しくて長袖の上着が欲しいかんじだったが、人が集まると暑くて汗が吹き出た。 |
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| 新年を迎える12時が近づくと、人々は神様へのお供え物を用意する。右側奥が、テトの料理 「バンチュン」(四角・北部)と「バンテット」(円筒・南部)。 粽のようなものだが、肉と緑豆をつぶしたものが入っていて、はっきり言っておいしくない。 | お供えが済んだら、お札のようなものや紙銭を燃やす。 |
あまやんは兵庫県在住なんだけど、旧正月ということでは神戸の中華街では盛り上がって、蛇踊りなどがねりあるいて商店街をまわり、その口の中にお札を食べさせる、という行事があったりするものの、基本的には中国人だけの行事であって、日本人はほとんど知らない、という感じです。日本人にとって、お正月、元旦やお盆の意味合いも近年では薄れていて、クリスマスが1年で1番重要な日、という感じになりつつあります。ハロウィーンやイースター、サンクスギビングなどについては、流行らそうという努力はあるものの、ぜんぜん定着はしていない、というような感じだけど、ベトナムではどうなんかな?なんかベトナム人だけに意味がある日、というのもあるのかな?
Vol.071『明けまして&ラムチュン結婚おめでとう!』2004.1.12
遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。本年もオ〜!サイゴンを宜しくお願いいたします。
私は2年半ぶり、P氏は初めて日本にいってきました。いや〜、寒かったですね。毛穴が開きっぱなしのふたりには、かなりつらいものがありました。日本滞在記はまた追々UPしていきます。なんせ、帰国直後から仕事に追われ、普段働かないからつらいの何の。。。
で、ドックバオ新聞にも翻訳いたしましたとおり、1月10日にラムチュンがかねてからの噂になっていた越僑女性イーアン(Y
An)さんと結婚しました! おめでたい!
同僚Vちゃんは「ラムチュンが結婚するなんて知らせたらFionaちゃんが悲しむと思って、メールも送れませんでした」といってたけど、私はとってもうれしいっす。情報を知らせてくれたら、ちゃんと日本からお祝いを買って帰ったのに、それが悔やまれます。もし年末年始ベトナムにいたら、ラムチュンの結婚式出席できたかもしれないと思うと、かなり残念。ベトナムの結婚式は大カラオケ大会ともいえるので、有名歌手がたくさん歌ったんじゃなかろうか。(←それが目的かい!)
記念にThe Thao(スポーツ)新聞にのっていたお2人の写真を勝手に掲載しちゃいます。同僚Vちゃんいわく「これほど美人で頭がよければ、ファンも怒らないね。もしブスだったらみんな悲しむよ」。うーん、確かに。
ともあれ、お幸せに〜。友達Kくんが予言したように「また離婚する人が増えるのか〜。最近ベトナムもはやりだからね」というコメントどおりにならないように、お願いします(自分のことは棚に上げてます)。そして、子供の顔の大きさは、奥さんに似ることを期待してやみません。
| いつもラムチュンの上着の袖が短すぎるような気がして、気になるんだよな〜。お嫁さん、きれいです。 | 画像がよれててすみません。本当に幸せそうなお2人ですが、ラムチュンがちょっと引き気味のところに、 すでにカカア天下の兆しが??? |
あまやんです。さっきからFionaさんにもらったラムチュンのCDを引っぱり出して聞いていたとこです。奥さんとっても美人だね。よかったね。ベトナム人は結婚式の時にアオザイは着ないのかな。ところで、ベトナム人は日本以上にカカア天下がが多い、というような話を聞いたんだけど、実際のところはどうなんかな?えっ!あまやんところはって?別に亭主関白ではないけど、すきなことをやってるし、カカア天下でもないような。P氏の日本滞在記楽しみにしてるね!
